ニンギョヒメ



この海の下には人魚が住んでいる。
小さい頃から聞かされてきた物語。

その人魚はとてもとても綺麗で、どんな国のお姫様でも敵わないくらいだって。
その人魚は人間が嫌いで、絶対に人間に心を開いてくれないって。

その人魚は月が銀色に光る時だけ、海の上へ出てきて、一人でその月を見ているって。


僕は一度だけその姿を見た事がある。
丸い銀色のお月様が、海を明るく照らしていて、その銀色の海にぽつんと人魚はいた。

幼かったあの日。
でも今でもはっきり覚えている。
銀色の光の中で映える真っ黒な長い髪。
今でもこの目に焼き付いて離れない。

それを大人達に言っても、笑いながらそれは僕が子供だったから見えたんだとしか言ってくれなくて。
誰ももう一度見たいと言った僕に手を差し延べてはくれなかった。

遠い昔の話。
子供ではなくなってしまった僕にはもう、人魚は見れないのかな。




今夜はやけに海面が騒がしい。
海中が昼間のように光っている所為もあるが、それにしても煩いのだ。
まるで誰が海面で宴会でもしているかのように。

否、本当に宴会が開かれているのだろう。
耳障りな怒声や笑い声が僅かに聞き取れる。

人間、か。

自然と眉が寄る。
奴等は大嫌いだ。
此処で騒ぐだけ騒いで、荒らすだけ荒らして。
そのくせ自分達は全く関係のない所へ帰っていく。

腐りきった畜生みたいな奴等だ。
胸糞が悪い。

今夜は早々に戻ろう、そう思った矢先。
海面からの光で、今日が銀月の日だと気付いた。

月に一度、銀月の光を浴びないと俺達は生きていけない。
理由は分からないが、生まれた時からそうしていた。

「………クソ…っ、何だってこんな日に……」

今日は運がない日だ。
そう舌打ちして、俺はゆっくりと海面へ上がっていった。




夜の海風は、酒で火照った身体に心地良い。
向こうではまだ宴の終わる気配はない。
少し酔いが覚めたらまた戻ろうか、そう思ってふと空を見上げると、
銀色に輝く月が浮かんでいるのが視界に入った。

あの遠い日と同じ月。
あの時の人魚も今、何処かで同じ月を見ているだろうか。

あの日以来僕は人魚を見ていない。
それは僕が大人になったからなのか。
あの時は単なる偶然だったのか。
それとも。
人魚なんて元から存在していなかったのか。

最後の仮説だけは外れていて欲しいと願いながら、僕はそこに腰を下ろし軽く瞳を閉じた。
視界が真っ黒に染まり、耳に全ての感覚が集中される。
集まって来る様々な音。

笑い声。
怒鳴り声。
楽器の音色。
皿の割れる音。
走り回る足音。

水音。

「………?」

思わず目を開ける。
船の下の方から聞こえる水音。

「魚か…?」

ふと海面に目をやると、そこには人影があった。

「……!?」

一瞬、遭難者かと飛び上がったが、二目見ると僕の身体は凍ったように動かなくなって。

銀色の海に映える、真っ黒な長い髪。

「………人……魚……?」




真横のでかい船に不快感やらを覚えながら、銀色の光を浴びる。
やはり海中と海面では騒がしさが違う。

最悪だ。

本当に人間は汚い生物だと再認識した。
海の中にはこんなに騒がしく迷惑極まりないものなどいない。

奴等は醜悪だ。
こんな所に一刻でも長く止どまりたくない。

やはり今夜は光を浴びるのも早目に切り上げて、早く海中へ戻ろう。

「………人……魚……?」
「っ!?」

突然降って来た声に凍り付く。
まさかと思いながら上を向くと、そこには白髪の男が目を見開いて立っていた。

人間。

「チ…っ!」

見られた。
いつ騒がれて仲間を呼ぶかもしれない。

咄嗟に身体を沈め、そのまま海底へと急ごうとして。

「…な……っ!?」

下半身の異変に気付く。
いくら掻いても身体が沈まない。

何かが身体が絡まったような。
感じた事のない感覚。

溺れる。

溺れた事はないが、そう思った。
苦しくて、次第に意識が薄れていく。

船上の人間が何かを言っている。
でもそれは聞き取れなくて。

思考が闇に沈んだ。




沈んでいく姿に、思わずに飛び込んだ。
銀色の海に散る長い黒髪。
人魚はもがく事もなく、静かに、ただただ静かにその身を海の底に沈ませていく。

綺麗だと思った。

僕の心の何処にそんな余裕があったのか。
人魚を抱え、身体を浮上させる最中にも、僕の心の何処かでは人魚の美しさを、静かに讃えていた。



「大丈夫ですか!?」

船に上げた途端、人魚の尾は消えて。
代わりに細い足が伸びている。

甲板に寝かせた身体は細く、その身体に纏わりつく髪は月明りで艶やかに光った。

「……これが、人魚…」

伏せられた瞼。
長く伸びた睫毛。

黒い、長い髪。

間違いない。
間違える筈がない。

「………久しぶり」

そっと白い頬を撫でる。
自然と笑みが漏れた。


気難しい人魚姫。


終

戯言:続きますね。めっちゃ続きますね感じ的に。死
ケータイサイト333番キリリクでアレ神で童話パラレルでした。(うわ古)
……………童話?(死)
自分設定入りまくりです;;(滝汗)
こ…こんなものでよろしいのでしょうか……(良くねェ)
二人の視点を交代で書いてみま死た。
……………微妙?すっげわかりにくいかも。


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