猫目色雨



雨の中に、猫がいた。



夕方からしとしと降り始めた雨は、太陽が完全に姿を消す頃には強く激しくなっていた。

「急がなくちゃな…」

傘を差していても、僕の腕やらはしっかりと濡れていて。
腕に張り付く長袖のシャツが気持ち悪い。

少し捲ろうかと歩を止めた時。
薄い、それでもはっきりと感じる存在感。

巡らせた視線が捉えたのは、傘も差さずに空を見上げる細い人影だった。

「……あの…風邪をひきますよ……?」

歩み寄り、声をかけると首だけがすっと僕に向いて。
綺麗な人。

気にならないのか、前髪が掻きあげられる事なく顔に張り付いている。
雨に濡れ妖艶な彩を放つ黒髪。
その髪と全く同じ色をした、感情を映していない瞳。

ぞくりと肌が粟立った。

その人は何事も口する事なく、ただ僕を見つめている。
それは僕に話の先を促しているようにも、
これ以上話しかけてくれるなと言っているようにも見えた。

「……ずぶ濡れじゃないですか。傘は持って…いないですね…」

白いシャツに黒いスラックスに、同じく黒いブーツ。
その人が身に着けている物はそれ以上なかった。

シャツが肌に張り付き透けて見えるのを視界に入らないようにしながら、僕は言葉を続ける。

「まだ止みそうにないですよ。どこか建物に入るかして……」
「…………まってんだ…」
「……え…?」

小さく開かれた口から、雨に消え入りそうな程に細い声が漏れた。

「まってるから、いけねぇ」

繰り返された言葉は、音こそ小さく細いけれども、何故か奥底まで響く強さを持っていて。
僕はそれ以上何も言えなくなる。

何だろう。
感じた事のない。
とても不思議な感覚。

「……そうですか…」

それではと僕は差していた傘を差し出した。

「使って下さい。もうかなり濡れてますけど、これ以上濡れるのは良くありませんよ」

差し出された傘を見つめる瞳は、どこかきょとんとしているようにも見える。
おずおずと伸びた手に、しっかりと柄を握らせて。

「………これ…」
「気にしないで下さい。僕の家、すぐそこですから」

何か言いかけたのを遮り笑いかけて、僕は急いで走り出した。
雨はまだ止むどころか弱まりそうにもない。

ちらりと振り返ると、傘を差した人影が見えて。
自然に頬が緩んだ。



「うわっ、どうしたんさ。びしょびしょじゃねぇか」

傘持ってただろと目を見張る友人に苦笑を返す。

「あ、いや…どこかに忘れた……かな…」
「はぁ?…ま、いーや。とりあえず着替えろよ。いくらお前でも風邪ひいちまうぞ」
「…そうします」

あの綺麗な人は大丈夫だろうか。
まだあそこに立っているのだろうか。

熱を出して倒れたりしていたらと思うと、また外に飛び出してしまいそうで。
僕が行ったところで、どうにかなる訳ではないのに。
あの人が待っているのは僕ではないのに。

「………ラビ」
「んあ?」
「悪いんですけど少し外出てきてくれません?駅に傘忘れた事思い出しました」
「え〜マジかよー」
「すみません。僕今からシャワー浴びてきますから」
「……………へーい…」

ぶつぶつ呟きながら、それでも出てくれる彼に胸の中で感謝と謝罪をする。
帰ってきたらそれとなく聞いてみよう。
彼ならきっとあの人に気付く。

何故自分で行かなかったのかとどこかで責める僕もいるけれど。
恐かったんだ。
あの人がまだ立っている事も、もう消えている事も。

また会いたいのに。
会いたいから。
僕をあの瞳に映して欲しいから。
映して欲しいのに。

向かい合った時すらも、あの人の瞳に僕は映っていなかったから。
それが虚しかったんだ。
恐かったんだ。



「駅に忘れたってどうしたら忘れるんさ…」

出てきてしまったからには一応行こうとは思うけれど。
今は雨も然程強くもなく、それほど億劫がる事でもない。

ふと、視線を向けた先に開いた傘が転がっているのを見た。

「あれ?」

特に捨てるような理由もなさそうな、穴一つない傘。

「勿体ねぇ事する奴もいんだねー…」

歩み寄り、それを何の気なしに拾い上げようとして。

「うわっ!?」

猫がいた。
真っ黒い。
雨宿りでもしていたのか、傘の影に入っている。

「黒いから気付かなかったさ…」

悪かったなと小さい頭を一つ撫でて。

「コレ、お前のだったんだな」

猫が鳴いた。

「ごめんなって」

もう一度だけ撫でてやって、歩きだす。
猫がまた鳴いた。



「駅に傘なんてなかったさ!」
「…すみません。盗られちゃったかな…」

悪びれもなくタオルで白髪を拭く様子を恨めしく見つめる。
予想はしていたがやはり骨折り損は腹が立った。

「見たんは道端に転がってんのが一本だけ!あと猫!」
「………猫?」

他にはと聞くその顔が妙に神妙で。
何だこいつと眉を寄せて、見なかったよとすっぱり断ち切ってやった。



結局雨は弱まりはしても、降り続いたようだった。
あまり光の差さない窓をぼんやりと見る。

あの人は。
どうしたのだろう。
昨晩もそればかりを考えて、良く眠れもしなかった。

「…………」

待ち人はいつ頃に来たのだろう。
あのすぐ後か。
彼は見掛けなかったみたいだから。

良かった。
良かったけれど。

眠れなかった。

体は大丈夫だったのか。
今頃は何を。

そればかり。

「……………何そんなに気にしてるんだか……」

知り合いでもないのに。
友人でも。
ましてや恋人でも。

「…はぁ…」

溜め息も吐き厭きた。

「………」

扉を叩く音。
小さく、叩くというよりむしろ引っ掻くような。

「何だ…?」

のろのろと玄関に向かい、戸を開ける。
そして見た先には、
黒猫が居た。

「……猫…?」

小さなその体の隣りには、どうやって運んだのか、見覚えのある傘。

「何で君が…?」

猫が鳴いた。

「借りは返す」

猫が消え、差し込んだ光の中には、黒髪の長い、細い姿。


雨はいつの間にか止んでいた。


終

戯言:…………………あれ?
ケータイサイト4700番キリリクでアレン×にゃんだだった筈だったんです…が……(自爆)
ど こ が ! ?
桜坂のイメージするにゃんだはこう、
ただでさえ可愛いユウたんに猫耳としっぽという最強オプションが装備されてるやつなんですが…死
違っ!!!!
あれ…?
雨の中の猫ってモエーとか思ってたからかな……(黙れ)
い一応にゃんだのつもりなんですが…;;;(滝汗)
ダメダメやん…(切腹)


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